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今村 浩さん(滋賀県 滋賀民医連会長)
 街頭で反戦平和の宣伝をしていると、よく「北朝鮮が核兵器をもっているのに、日本が持たんでどうする。」と質問してくる(突っかかる)人がいます。私はそんなとき、「アメリカ社会を見てみ。相手が銃を持っているからとみんなが持ち出したので、あんな危険な社会になった。日本のように、銃を持たないのが一番や。核兵器も同じ。軍隊も同じ。銃がない日本でこそわかるんやで。」と説明しています。これはなかなか利きます。
先日も宣伝していると、「君らの嫌いなアメリカが押し付けた憲法やないか。変えたらどうや。」というものがありました。「憲法の中味が大事や。いいものはいい。」と反論しましたが、イマイチの感じが残りました。その後いろいろ考えて、「アメリカが押しつけたとか回りっくどいこと言わんと、憲法9条かえて戦争しようっていったらどうや。あなた、自分は行かんと、孫や子を戦争にやれますか?(そんな質問をする人は大概中年以上の男性が多いので)」と、次回は言ってみたいと思っています。
また、先日核兵器に関する学習会があり、国際法の専門家の講師の方が「核兵器ができて68年、朝鮮戦争もベトナム戦争も、イラク戦争もあった。核兵器は戦争を抑止できなかった。核抑止論は虚構。日本や韓国にはテロに脆弱な海岸線に原発がたくさんある。戦争になったら、核兵器など意味がない。」と話され説得力がありました。要するに、原発多数の日本、中国、朝鮮半島では戦争などできないということであり、核兵器だけではなく、通常兵器も意味がありません。紛争は話し合い以外では解決できい時代にいるのが、現代のリアルな姿であり、日本国憲法の精神以外に解決策はないのだと思います。
幸か不幸か、原発社会の中で、ますます無意味になる軍隊、核兵器、戦争に多くの方が気付いていただけるようなDVDになることを祈念しています。
荒川 譲さん(鹿児島県 鹿児島県護憲平和フォーラム代表)
改憲阻止に向けて、行動の強化を
66年目の憲法記念日を迎えた今日、これまでになく明文改憲の危機が迫っている。改憲発議の条件がそろい、現実の政治課題化したからだ。改憲手続法の施行、直近の総選挙での自民、維新、みんななど改憲党派の衆院議席増。昨年既に第2次「日本国憲法改正草案」を発表していた自民党が政権に就いた。そして7月の参院選までは安全運転としていた安倍首相は経済政策への高い人気に悪乗りしてか、改憲推進、軍事力の強化、歴史修正主義政策など本音を声高に叫んで、閣僚の靖国例大祭参拝で韓国、中国の非難・反発を受け、復古主義的言動が米国からも懸念を表明されている。
自民党の改憲案は大規模であり、かつ現行憲法の理念を修正・否定する重大な問題点を含んでいる。日本維新の会の「絶対平和という共同幻想を押しつけた占領憲法を大幅に改正(要約)」と謳う綱領は勿論、その他の党の条文化されていない主張やマスコミなどの改憲案も含めて、それらの内容を精査・検討し、国民投票勝利への布石をする必要がある。
当面の改憲課題は第96条の改変とされる。改憲発議の要件を各院の総議員の2分の1の賛成に緩和するのは単なる手続きの変更ではなく、硬性憲法から軟性憲法への転換という憲法の根本性格の改変を意味する。議院内閣制のもとでは政権党は常時改憲発議の潜在権利を持つことになる。これでは権力の暴走を阻止し、基本的人権を擁護する憲法の立憲主義は機能しない。他方、改憲手続法には多くの疑問点があり、特に国民投票での過半数の定義には国民の意思を正確に反映しない欠陥があり、極めて少数者の賛成だけで改憲が成立してしまう危険性が否定できない。この点に一切触れずに、国会での少数者(1/3)が国民から国民投票という決定権を奪っていると論ずる安倍首相の主張には、一片の誠実さもない。それを云うならば国民投票の決定には、国会での発議の場合と同様、全有権者の過半数を要すると改憲手続法の改正を実施してからにすべきである。
第96条改変の後には国防軍の創設、人権に対する国家の優越性、一院制や首相公選制など立法・統治機構の改変など、国家社会の根本的改変に狙いが定められている。だからこそこの96条改憲案を絶対に阻止し、欠陥改憲手続法の廃棄あるいは抜本改正を求める運動を強力に展開して、改憲それ自体とともに、民意が正確に反映しない改憲制度を断固として拒否する意思表明や抗議行動を起こすことが重要である。
生井 弘明さん(埼玉県「九条の会・草加」会員)
 今年5月19日付東京新聞に、広島平和記念資料館で等身大の被曝人形を見た小学生が、「こわい」と言っていたという記事があった。当時小3の私の孫も、一昨年資料館で人形を見、強烈な印象を持ったらしく、「戦争はこわい」と感想ノートに書いていた。
2012年8月12日放送のNHKドキュメント番組では、沖縄戦当時、戦場のただ中に放り出された少女たちが、戦後、結婚、子育てを終わり、孫の顔をみるようになった今頃になって、精神障害を発症しているという報道を目にした。また、サマワに派兵された自衛隊員の自殺率が、一般公務員より多いということが、国会で問題になった。
戦争は、敵味方を問わず兵士ばかりでなく、幼児から高齢者まで、男も女もすべての人々の一番大切な“いのち”を奪い、地球を荒廃させ、たとえ生き延びても、後々までも精神的に人間らしい生活が出来ないような状態に陥れる恐ろしい人間の行為だ。
ところが2004年11月27日、当時自民党幹事長代理だった安倍首相は、九段会館大ホールで大勢の若者を前に「受け継がれた心」と題し、基本的人権は大事だけれども、それは国が担保している。「その国が危機に瀕したときに命を捧げるという人がいなければ、この国は成り立っていかない」と述べ、戦争で“いのち”を捨てて戦うことを主張し、“いのち”よりも“国”を大事にする倒錯した主張を繰り返している。
その集大成ともいえる政府・自民党の「日本国憲法改正草案」は、その中で憲法9条を改訂し、名実ともに日本を戦争が出来る国家にするための手段として、まず96条の「改正手続き」の簡易化を図り、さらに9条の2に「国防軍」新設を規定、集団的安全保障を意味する文言を追加、所属する「軍人その他の公務員」に機密保持を守らせるため、実質的な「軍法会議」を規定している。
2004年6月に発足した「九条の会」も危機感を抱き、「呼びかけ人一同」の名で5月17日全国の「九条の会のみなさんへ」と題するアピール文を発表、9条の精神を根本から否定する自民党の「改正草案」は絶対に許さない旨を訴えている。 
私たちも次の通常選挙では、何としてでも安倍内閣の構想を阻止し、“いのち”を大切にする平和憲法を守り抜かねばならないと考えている。
住江 憲勇さん(東京都 全国保険医団体連合会会長)
「社会保障制度改革推進法の改憲的意味」
日本国憲法で保障された労働者・国民の英知・努力・不屈の闘いによって勝ち取ってきた歴史的到達点に対して逆行する又は否定する攻撃は憲法違反であり、改憲そのものと云わざるを得ない。
貧困と格差拡大に喘ぐ労働者・国民にどう雇用と賃金を改善し、所得再分配をどう機能発揮させてデフレ脱却を図るかという経済政策の原則を排除し、今安倍政権は労働者・国民に何を強要しようとしているのか。それは、社会保障制度改革国民会議、経済財政諮問会議、産業競争力会議、規制改革会議など政府関係の諸会議を総動員してのすさまじい規制緩和と負担増と給付削減を狙う日本国憲法違反の社会保障制度の解体である。社会保障制度改革推進法の危険性はどこにあるのか。それは、第1条、2条に集約されている。
第1条「目的」では、「受益と負担の均衡」として、納付に見合う給付という民間保険並化が目論まれている。これは、社会保障制度自体の否定に他ならない。
第2条「考え方」の第1項では、相変わらずの自己責任論である。そもそも資本主義社会において、労働者・国民に自己責任を問えるのは、雇用・賃金を徹底的に保障し、かつ所得再分配が十全に機能させた上での話しである。
第2項では、「給付の重点化・効率化」と称して給付の大胆な削減・縮小が目論まれている。
第3項では、「社会保険制度を基本としつつ」と言いながら国の責任の削減・縮小を主張している。そもそも社会保険制度の原理・原則とは、労働者・国民自らの拠出責任だけでは生活困難打開のための制度とは成り得ないことによって、そこに社会的扶養原理として国と企業の責任をミックスさせてこそ維持され得るものである。従って、労働者・国民の拠出責任が脆弱であればある程社会的扶養原理を肥大化させねばならないのである。これでは、社会保険制度すらの否定である。
第4項では「主要な財源は消費税」として、所得税や法人税の優遇制度の廃止や徴税強化を何らすることなく、只々労働者・国民負担の消費税に求めるという所得再分配の全否定そのものである。
こんな社会保険制度の全否定、社会保障制度の解体は、明白な日本国憲法違反である。
ヒト社会の歴史的発展経過として今資本主義社会にある。資本主義社会は、言うまでもなく自立・自助・自己責任が原則である。しかし、この原則を強制できるためには、賃金・雇用保障が必須であるが、これを保障した歴史は未だない。だからこそ、労働者・国民の生活困難に対する救済の歴史として、救貧制度から共済制度へと更に社会保険制度へと更に社会保障制度へと発展して来た。この制度発展は、労働者・国民の不屈の闘いによる必然的社会原則である。この必然的社会原則の到達過程そのものは、複合的、複線的に種々労働者・国民の英知・努力による産物の補完・補充なくしてはあり得ない。これを保障しているのが、日本国憲法第11、12、13、14、21、25、28、29、97条である。
すなわち、社会保険制度の否定、社会保障制度の解体は日本国憲法違反であり、改憲そのものである。
小山 登さん(千葉県 市川教育九条の会世話人)
「戦前の帝国主義に魅かれている壊憲論者」
今の日本の、「情勢」は最悪といってよい。円高とそれに伴う産輩の国際競争力の低下と不景気への無策。東日本大震災と福島第一原発事故による日本社会の疲弊感。中国・韓国との領土に関する紛争問題や北朝鮮の好戦的挑発行為にのった「国土防衛」「軍備増強」などの危機意識の扇動。そして日本の閉塞状況打開を託された民主党政権の国民への裏切り。
野田首相の衝動的衆院解散によって国民が選んだのは、衆議院の総議席の3分の2どころか4分の3以上が、保守という以上の「右翼」勢力であった。こうした中で安倍第二次内閣は、アベノミクスを打ち出すや、日本株に狙いをつけた海外投資家等によって円安・株価の上昇が作り出され、見た目の経済状況好転にともない、安倍内閣への支持率はアップした。かねてから安倍氏は「戦後体制からの脱却」という個人的な強い思いをもとに憲法を改悪しようと企んできた。安倍氏の戦前の「強い国」「美しい国」への過激な郷愁趣味をもとに、現憲法を変えさえすればよいと思えるような軽薄な「政治家」たちによって「壊憲」のための多くの手前勝手な策が弄されてきた。その一例が、極端に「右」に傾いた国会を好機に、国会による憲法改正案の発議の要件を、衆参両院それぞれ総議員の「3分の2以上」から「過半数」に緩めようという96条「改正」の動きの本格化である。
思えば、現在の改憲問題の根っこにあるものは歴史認識の問題である。
安倍氏の発言に待つこともないが、戦前の国家体制を美化し、第二次世界大戦を惹き起こした責任も顧みず、それを批判する人々を自虐的歴史観と称して敵対視している。言うに事欠いて、国会という場においてさえ、過去の植民地支配と侵略を認めた「村山談話」に関連し、安倍首相は「侵略という定義は、学界的にも国際的にも定まっていない。国と国の関係で、どちら側から見るかで違う」と世界から孤立するような妄言を述べている。
世界が日本に求めているのは、まさに歴史認識を直視した日本国憲法の精神を活かすことである。そのために日本国憲法が持っている基本原理である「国民主権」・「平和主義」・「人権尊重」を、まず日本国民がよく理解することが求められているのである。
遠藤高弘さん(北海道 医療九条の会・北海道幹事)
「stop 戦争への道」

DVDの表題のとおり、紛争を戦争にしないことが大切であるし、現在、領土拡張などを目的とした国家間の戦争は少なくなり、ほとんどが民族間の内紛や宗教対立・テロとの戦いとなっている。しかし現実的には、国家間の交渉や発言力はどれだけの戦力を持っているか、核を保有しているかどうかで大きく変わる。
また、最近のグローバル企業の異常な利益拡大戦略は、「経済戦争」と言っていい。

終戦後、日本は占領軍駐留中に憲法を新たに改定したのは確かだが、必ずしもアメリカに押し付けられたものではなく、またそれまでの異常な国体護持・皇国史観の国民洗脳状況を考えると当然の経過で、人類が到達すべき理想の理念だろう。
問題はその後サンフランシスコ講和条約で、日本は米軍の駐留を条件とし安保条約という不平等条約を結んでいる事である。
だから、憲法改正以前にまず日本がアメリカの従属下から真に自立しなければならないし、日本国民が主体者である認識をしなければならない。
これは自民党も護憲派も同様の認識であると私は思っている。
しかし安倍総理が日米同盟のさらなる強化を約束しながら、憲法を日本独自のものに改正しようというのは矛盾しているのではないか?
ただ戦後の歴史について我々日本人はほとんど真実を学ばないし、義務教育化で憲法についても今は学ばない。まるで誰かに意図的に日本人の自覚をそがれているようだ。
「日本は軍隊を持ったらいい」と言う市民に、突っ込んで「じゃあ、あなたや子供は戦地に行くのか」と聞くと、まるで他人事のように考えていない。

本来なら、日本国憲法には「他国の軍隊を置かない」「自国の食物をできるだけ自給し地産地消を目指す」「国民皆保険を堅持して超高齢社会を豊かなものにする」「日本の豊かな自然を利用したエネルギー供給をめざす」「原発を廃止し、同時に世界の核を廃絶する努力をする」類の条文をいれるべきではないのか?

一番悩むのは、理想はいずれ世界中から戦争兵器がなくなることであるが、日本は現段階で実質上軍隊を持ち憲法では武器を保持しないという矛盾である。自民党改正案のように自衛軍、国防軍として海外では絶対戦争は行わないとした場合でも、軍産複合体の市場として拡大し続けるのではないか、しかし軍隊を保持しない場合、漢民族の拡大を進める中国に本当に飲み込まれないのか、そのあたりである。
伊東英夫さん(東京都 元会社役員)
世代を超えた国民的闘いを起すとき!

時代錯誤としか思えない言動を繰り返す改憲派「政治家達」。その思い上がった発言は、あきれるばかりだ。それでも、ほっておいたら大変なことになる。
彼らの主張を聞いていると、余りにも国民をなめていると思うが矛盾だらけでもある。
「占領軍によって押し付けられた憲法だ。」と言いながら、押し付けたはずの「アメリカ」には何も言えない。東アジアの緊迫した情勢を口実に、口を開けば「安保体制」維持が日本の「国益」と言う。マスコミのこうした言動に調子を合わせている姿勢も目につく。
都合悪いことは「知らんぷり」をしている言論人も少なくない。日本国民は、巧みな世論操作に引っかかってしまったようだ。そうした勢力を権力の座につかせてしまったのだから。いったい、何時からこんな国になってしまったのだろうかと考えさせられる。
「自衛隊は軍隊と同じになっているんだから看板も軍隊にすべきだ」等と平気で言う。これは「盗んだものを俺のものだ」といっているのと同じ言い草だ。世の中全体が、「何が本当で何が偽りなのか」もわからなくしてしまっているんだろうか。
これまで、私自身も「彼らの言う通りにはならないだろう。」と思ってみたり、「そのうちに化けの皮が剥がれる日があるだろう。」等と、怒りの気持ちを仕舞い込んでしまっていたが、そうは言っていられないところに来てしまった。「気が付いてみたら大変なことになっていた。」ではすまされない。後になって、取り返しのつかない悲劇を生み出した歴史は、世界の国々にも、我が国も通った道だ。あの戦争への道がどのようにして突き進んだのか今こそ考える時だと思う。同じ誤りを繰り返すことほど愚かなことはない。
こうした日本の危機を救うのは、国民的運動をつくりだすことが大切なのだろう。今こそ世代を超えて危機を感じている人々が立ち上がらなければならない。
そうした国民運動が起こるきっかけになるドキュメンタリーが出来ることを期待したい。
上野 尚さん(山口県 山口民医連・平和学校校長)
 前作の「戦争をしない国 日本」は山口民医連の平和学校の教材として利用しています。改憲勢力が息を吹き返し、大手マスコミが偏向情報を流す中で、新しいDVDの製作に心から期待します。
市川ノゾムさん(東京都 無職)
人々の生活と生存を「コスト」で切り捨てる。
平和のための対話を「国益」で閉ざす。
苦難の放置と加重を「負担軽減」と言う。
16万人が故郷に帰れないまま「収束」を強弁する。
彼らは
語り継がなければならない歴史を 無かったことにしようとする。
総力をあげて解決しなければならない課題を 忘れさせようとする。
正当な抗議と要求を あきらめさせようとする。

そういう彼らが
日本国憲法という人類の長い歴史の到達点を破壊し 歴史を逆戻りさせようとしている。

私たちは
無かったことにはさせない。
忘れない。
あきらめない。

私たちは
憲法を活かす
根づかせる
守らせる。

「NO PASARAN (奴らを通すな)!」
鳴井勝敏さん(青森県 行政書士)
 私は、国民の側から憲法を改正してくれ、という声はほとんど聞いたことがない。また、日本人の特徴だろうか。憲法は難しい、とはいうが、分からない、とは言わない。難しいと感じる程何時憲法を学んだのだろうか。私には学校で憲法を学んだ記憶が全くないのだ。
では、憲法改正アンケートに、賛成、反対と回答しているのは一体何か。私には単にアンケートに答えさせられていると映るのだ。もし、食べたことのない料理をあたかも食べたかのように評価しているとすればこの段になっては危険。憲法改正が現実味を帯びてきたからだ。
改憲派、改憲容認派は「憲法は時代に合わなくなってきた」と主張する。が、時代に合わなくなってきたのは憲法ではない。彼等が時代に合わなくなってきたのだ。時代の要請は憲法がより一層機能することを待ちわびている。つまり憲法を国民の手に取り戻さなければならないのだ。
また、「押しつけ憲法」だから憲法改正をすべきだと主張する。しかし、押しつけられたのは何も憲法に限らない。では、なぜ「憲法」のみを抽出して強調するのか。改憲を誰かに押しつけられているとしか思えないのだ。一体国民を何処へ連れて行くというのか。自民党は結党以来憲法改正を掲げてきたというが、公表した「憲法改正草案」は余りにもお粗末過ぎる。権力は必ず腐敗する。これは歴史の教訓だ。
この教訓から誕生し立憲主義、つまり国家権力を法的に制限して、権力の行使を憲法に基づかせようという考え方を否定するというのだ。「赤信号みんなで渡れば怖くない」的発想に陥ってしまったのだろうか。
しかも1000年に一度あるかないかの大震災。復興もままならぬ中、国民がもっとも疲弊している時に、しかも憲法尊重擁護義務を負う者が憲法改正を選挙公約に掲げる等は日本人のやることではない。日本の文化、伝統を重んずるならばなおさらのことだ。卑劣である。 よって、 自民党の憲法改正草案は国民の幸福度を高める為の改正ではなく、自分達の幸福度を高める為の改正であることは明らかだ。そして、心配なのは最高裁判所の役割だ。人権最後の砦が人権侵害を追認する役割を果たすことになるのだろうか。
600万人ものユダヤ人を虐殺したナチス・ヒトラー。少数政党が選挙、選挙で単独過半数を占める。選挙で一度たりとも「ユダヤ人虐殺」を主張しただろうか。とにかく選挙は怖い。民主主義を民主主義で破壊してしまったのだ。
堀田弘城さん (福岡県 宗教者)
 自分達と大企業の利権を拡張し守るために、他国の土地を奪い、財産を奪い、生命をも奪う。また、他国の人に取り返しのつかない恥辱を与え人間性をも奪う。
これらは人間が本来持つ悲しい業なのであろうか。
しかし、これらを当然視して「聖戦」だとし、侵略戦争をしかけてきたことに何ら反省もない。謝罪も今だにないのである。
安倍首相はこれからも我がもの顔でふるまうのであれば、最早「人間」とは言えず、餓鬼・畜生の類である。
『恥じずべし、傷むべし』(親鸞)である。
一国の首相たるもの、人間の皮をかぶった“けだもの”であってはならないのである。侵略戦争をたくらみ、憲法9条の改悪をしやすくする96条改悪にあくまで反対である。
安倍首相はこの機会にかつての戦争が侵略戦争であり、不正義の戦争であったことを認め、中国・韓国をはじめ近隣諸国に謝罪すべきである。
こうすることが東南アジア諸国の平和の礎になるであろう。
錦織 明さん(千葉県 弁護士)
 国民が憲法に誇りと自信を持っている国では、憲法が破壊されることはない。
日本国憲法施行直後に文部省が発行した「あたらしい憲法のはなし」には、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義に立脚する日本国憲法が如何に素晴らしい憲法であるか、このような憲法を持つ国民としての喜び、誇りと自信が表現されており、次世代の子どもたちに憲法の素晴らしさを伝えようとする当時の空気が伝わってくるようです。
ところが、今、憲法施行後66年を経て、憲法の素晴らしさを伝えようとする教育は重視されず、改憲を企てる国会議員が衆議院の3分の2を超えるという憲法にとって最大の危機が迫っています。
最近では、有事体制、集団的自衛権といった議論が繰り広げられ、北朝鮮や中国からの攻撃といったことを想定して危機感や不安感を煽るような傾向も見られます。しかし、現実に日本が戦争になってしまったらどうなるか。私たちとこの国は戦争をしては成り立たないということを68年前に多くの犠牲を払って学んだはずです。先の戦争の悲惨さとそこからの教訓を思い起こせば、日本はどんなことがあっても戦争にならないようにしなければならない。その決意の結実が日本国憲法です。憲法改正を主張する人たちは、戦争を避ける努力をしなければこの国は立ち行かないという認識が薄れていて、むしろ戦争に巻き込まれる可能性を大きくする道に突き進んでいるような気がしてなりません。
改憲の危機的状況を前にして、これを阻止するために何が重要か。それは私たちが66年前にこの憲法ができたときに感じた喜び、誇りと自信を思い起こすことではないでしょうか。
そのためには、私たちがもう一度、一人でも多くの人と、なぜ日本国憲法が素晴らしいかについて学び、話し合い、自民党憲法改正草案が如何に危険な代物であるかについても学び、話し合う必要があるでしょう。
ともすると時代の流れはこの必要性に逆行するかに見え、多くの人々が日常生活に追われ、憲法について話し合うことを避けているように感じることがあります。しかし、日本国憲法を持つことの誇りと自信を蘇らせ、素晴らしい憲法を持つ国民の責任として、一人でも多くの人と憲法について語り合う努力を続けていくことはとても重要なことだと思います。
国民が憲法に誇りと自信を持っている国では、憲法が破壊されることはないのですから。
三小田大輔さん(福岡県 医療法人 親仁会)
 戦前の日本は、軍隊を持ち戦争を繰り返し、多くの日本国民と諸外国の国民に多大な心的、物的な苦痛と被害を与えてきた。戦後は、日本国憲法第9条の「戦争の放棄」「戦力の不保持」「交戦権の否認」により今日まで日本国民が戦争で亡くなる事も諸外国の国民を殺すこともなかった。再び軍隊を持とうとする流れに戦争への危機感を強く感じる。
軍隊の危険性については、1795年にイマヌエル・カント氏が「永遠平和のために」(池内紀訳)の中で「『常備軍はいずれ、いっさい廃止されるべきである』なぜなら、常備軍はつねに武装して出撃の準備をととのえており、それによって、たえず他国を戦争の脅威にさらしている。・・・常備軍そのものが先制攻撃をしかける原因になってしまう」と指摘している。
「戦争はイヤ、戦争へつながる軍隊はイラナイ」「憲法九条で諸外国と平和的友好を築こう」の声を大きくしていきたい。
橘 民子さん (東京都 主婦)
 吉永小百合さんが“日本が世界一強力で、すばらしい武器を持っている事を知っていますか。それは憲法9条です。”と書いておられました。私も全く同感です。戦争を体験した私にとって、どうしても9条を守らなければと思っております。
大木昭男さん(東京都 桜美林大学名誉教授)
 人災の最たるものは戦争です。大量殺戮兵器を生み出したのも戦争の産物ですし、原発そのものもその副産物にほかなりません。戦争の惨禍を体験した我々日本国民が戦後に獲得した平和と民主主義を基調とした現行憲法を変える必要は全くないどころか、それをより一層徹底させることこそ必要です。戦争の永久放棄、戦力の不保持、交戦権の否定を謳った憲法第九条こそは世界に誇るべき条文であって、これの改悪をめざす人々は戦争の悲惨さ、人命の尊さに無関心というほかありません。日本を再び戦争のできる国に引き戻そうとするいかなる策謀にも反対です。
山川賀世子さん (東京都 市民)
 「日本国憲法誕生」というNHKのDVDをみました。これが傷ついていく事を考えると戦争を知っている私は悲しくていて立ってもいられません。核の時代、原発の時代に国家間が戦うということは滅亡への道です。
DVD「STOP戦争への道 〜続 戦争をしない国 日本」待っています。
木戸 勉さん(神奈川県 自営業)
 戦後68年間、日本が大きな戦争に巻き込まれずに来たのは、日本に自衛隊・戦車・戦闘機が有るからではなく、日本国憲法が有ったからであり、アメリカと共に戦争に参加したがる政府を縛りつけていたからである。
しかし、近年日本の安全のためとの理由により憲法の趣旨を拡大解釈し自衛隊の出兵を繰り返し、その挙句空港ではボディチェック等のセキュリティチェックを厳重にしなければならないほど、日本は安全な国ではなくなってしまった。
憲法を廃棄・改憲しようとするグループは「現憲法はアメリカから押し付けられた」を理由の一つとしているが、それであればアメリカから押し付けられている「日米安保条約」「TPP」「年次改革要望書」等全て拒否すべきである。にもかかわらず都合のいいところだけ「押し付けだから」ではあまりにも安直すぎ説得力が無い。
安倍総理は憲法を改正し易い様に憲法96条に定める「各議院の3分の2」の要件を下げようとしている。これはスポーツで自分が勝つ様に都合良くルールを変えてしまうのと同じで、3分の2の賛成を得る様に努力する事が民主主義国家ではないだろうか。
安倍総理はそこまでしても憲法を変えて国防軍を持ちたいのか。自衛隊という外国から見ると自衛隊=軍隊があるにも関わらず。自衛隊と軍隊は違うと言っているのは日本だけだろう。
希望通り憲法を改正し自衛隊より強力な国防軍を持ったとして、「竹島」「尖閣諸島」「北朝鮮」との関係・問題が日本に有利に働くのだろうか。むしろ国防軍の動きによっては、相手の思う壺にはまる可能性が大である。
「武器輸出3原則」もなし崩しになりつつある今、ここで現憲法を守る事は良識ある日本国民の使命だろう。
先日、TVで某司会が安倍総理を「壊れたラジオを叩いていたら、また鳴り出した」と言っていたが、壊れたラジオは二度と鳴らないでほしい。
宮田耕八朗さん(東京都 尺八演奏家・豊島九条の会世話人)
 戦争は最悪な犯罪です。得るものは何も無く、残るものは悲しみばかり。
戦没者のことを話す時「この多くの方々の尊い犠牲の上に今の平和があるのです。」という発言をする人が居ますが、悲惨な殺戮を平和の為の必要条件のように言うのは、とんでもない欺瞞です。殺しっこなど、もともと無かった方が良いに決まっています。
宇都宮 健児さん(東京都 弁護士・前日本弁護士連合会会長)
 1947年5月3日に現行憲法が施行されて今年で66年になる。憲法はこの66年間で最大の危機を迎えている。
昨年末に行われた衆議院選挙で改憲勢力が3分の2を超えたので、今年7月に行われる参議院選挙の結果次第では、憲法改悪が現実的な政治課題となる可能性が大きくなってきているからである。
安倍政権は憲法改正の前にも、これまで政府の解釈で憲法違反とされてきた集団的自衛権の行使を、解釈改憲により容認しようとしている。
また、憲法改正については、安倍政権は、憲法改正手続の要件を定めた憲法96条の改正を先行させ、憲法改正を容易にしようとしている。
自民党の憲法改正草案では、憲法9条を変えて、自衛権の発動による戦争を容認するとともに、国防軍を創設し軍法会議を復活させようとしている。
このように安倍政権は、集団的自衛権の行使を容認し、憲法を改正することで、アメリカとともに戦争ができる体制を整えようとしている。
7月の参議院選挙に向けて、キリスト教徒も仏教徒も、社会民主主義者も共産主義者も、革新も保守も、戦争に反対し平和憲法を守るすべての勢力が政治的・イデオロギー的立場を超えて手をつなぐこと、平和憲法を守る運動を一回りも二回りも広げていくことが、今ほど重要になってきている時機はない。
溝江玲子さん(奈良県 児童文学作家)
憲法第九条は、日本は二度と戦争はしませんという世界への公約
もし、日本が戦争に巻き込まれたら、どんな状態になるとお考えですか。
戦争は、映画で観て、「ああ怖かったね」と言いあってそれで済む、というようなものではありません。
目の前で砲弾が飛び交い、人が傷つき、血が流れ、死んでいくのです。
私たちは、自分の家族が、子どもが病気になったら、とっても心配します。病気に罹っただけでもオロオロします。
戦争になれば、自分の家族や子どもが傷つき殺されていくのだと想像しなくてはなりません。そうすれば、簡単に憲法を変えようなどとは絶対に思わないでしょう!
平和憲法があるおかげで、敗戦後一回も戦争することなくやってきた、それは、そう、本当に奇跡としか言えないような事実なのです。
そして、日本国憲法が誕生したのは、本当に奇跡としか言いようがないです。こんな奇跡は、二度と起こることはないでしょう。この平和憲法を失ってしまったとしたら、その時になって、あれはどれほど大切なものだったかと気づいても元に戻ることは無いと断言したとしても大袈裟なことではないと思います。それほど大事な瀬戸際に私たちは立たされているのです。
日本の子どもたちの未来を思って下さい。今、胸に手を当てて、世界の戦争が起こっている国の様子を思い描いてみて下さい。あんな恐ろしい世界に、子どもたちを放り込まないで下さい。
外国と交流するなら文化で交流したい。これを可能にするのは九条のある日本国憲法です。明治憲法の時と比べても分かるではありませんか。今の憲法になってから、戦争をして殺すということがなくなったのが何よりの証拠ではありませんか。
第九条は、日本は二度と戦争はしませんよという世界への公約だと思います。九条は世界が目指す到達点を表していると思います。そういう意味で、世界の平和のためにも九条を守る責任が私たち日本人の肩に掛かっているのです。
葉多美枝さん (東京都 年金生活者)
 井上ひさしさんの「子どもに伝える日本国憲法」に深く感動し、初めて「日本国憲法」を読みました。 その頃は、イラク戦争の最中、自衛軍とか軍事裁判所とか記載されている自民党の憲法草案を目にし、日本が戦争にまきこまれそうな不安を感じていました。
他方、九条の会の存在を知ったのも、映画「戦争をしない国 日本」を観たのもその頃で、以後、九条の会の講演会に参加したり、時には憲法関連の本を読むようになりました。
そして、第二次世界大戦で、日本は2000万人以上ものアジアの人々の命を奪い、日本人の命も300万人以上失われ、その反省にたって、九条を持つこの憲法が誕生し、そのおかげで日本は今まで戦争の殺し合いにまきこまれずにすんだことを学びました。 
人類はこれまで、数限りない戦争をしてきたのですが、その被害は科学技術の発展ともに残虐で広範なものになる一方、大戦争のたびに様々な反戦平和思想も生まれ、それは国連憲章などにいきついたことも学びました。
憲法前文や9条にその心は受け継がれているばかりでなく、戦力不保持の「二項」の存在で、この憲法はさらに進化したものになっていることも知りました。諸事情から憲法草案はGHQが作成したことになりましたが、世界の憲法や日本の憲法研究会の資料も参考にされた背景をご存知のベアテ シロタゴードンさんは「日本国憲法はアメリカがつくったものでも日本がつくったものでもありません。誰が作ったかといえば、それは歴史の叡智です。」とおっしゃっていたそうですが、本当にそうだと思います。
9条の心は、1999年のハーグ世界会議で採択された「公正な世界秩序のための基本10原則」の第1項に「各国議会は、憲法9条のように、自国政府が戦争することを禁止する決議を採択すべき」と、9条が紹介されていることなど、その後の世界の様々な平和運動に大きく貢献していることを知り、9条の心のすばらしさを実感しました。そんな憲法が失われるなんて、絶対にあってはならない、次世代に、世界中に確実に伝えていかなければならないと強く思っています。これまでの様々な戦争で失われた数限りない命を無駄にしないためにもそうすべきです。
戦争も原発事故も、その被害、犠牲者の破局的な状況は全く同じ、そして、ともに人災ですから、起こすのも防ぐのも人間です。
今回の大震災で復興ボランティアや脱原発の意思表示を続けている人々の多さに励まされています。そのような命を何より大切に考え、行動する人々が大勢いることは心強い限りです。そのような人々は、9条と戦争の関係を理解しさえすれば、改憲反対に立ってくれると確信しています。そのためにもこのDVDが広く普及することを願っています。
「戦争プロパガンダ10の法則」にたった報道を繰り広げる大手メディアに負けないためにもこのアクションは成功させなければならないと思います。
土井裕明さん(滋賀県 滋賀弁護士九条の会代表・弁護士)
 憲法前文は「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高 な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、 われらの安全と生存を保持しようと決意した。」と述べています。

「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して,われらの安全と生存を保持す る」とはなにか。それは,私たちが戦争を放棄すれば,諸国民も私たちに対して 武力を行使することはないと信頼するということです。何があっても武力を行使 しないことを高らかに宣言することによって,私たちの安全を保持するのです。
「もし攻められたらどうするか」ではなく,「私たちが戦争を放棄すれば攻められることはない」と信頼するということです。

世界に先駆けてこのことを宣言したのが九条です。世の中に,正しいことほど強いものはありません。なにも心細く思うことはありません。「国際社会において、名誉ある地位を占め」るというのはそういうことだと思います。
近藤敬寿さん(東京都 自営・市民)
 戦争で命を失った市民。その奪われた生命の犠牲の上に生れた憲法13条。それによって生き延ばしてもらいつつ、犠牲者の代わりを生き直しています。
中川大一さん(東京都 前東京都北区議会議員)
 人間は、賢さとともに愚かさの二面をもっている。
人類の歴史の中で、最悪の愚かさは、はかり知れない無辜の人々を殺しつくし、焼きつくし、奪いつくす、核兵器の使用を含む戦争ではないだろうか。
私は、父が満鉄に勤めていたので、中国の鞍山で生れた。小学校2年の時が敗戦だった。B29の爆撃がやみ、中国は内戦にはいった。
私たち日本人は、日本軍に置き去りにされ、必死の引き揚げ行進がはじまった。「お願いします。内地に連れて行って下さい」とすがる高齢者や涙もかれ、父や母に助けをもとめる幼児たち、誰もどうすることもできなかった。
引揚船で博多に降り、列車で通った広島のまちは廃墟となり、東京で上野についたら、焼け野原と地下道で浮浪児たちの群れ、これが夢に見た祖国日本の現実だった。
第二次世界大戦という幼い私の戦争体験は生と死、ひもじさとともに心の底に深く沈んだままだ。
「戦争は、二度としてはならない」と幼いころから身にしみて感じてはいたが、この戦争が侵略戦争で日本がはじめたことや「どうして戦争が起きるのか」「どうしたら防ぐことができるのか」を、とらえることができるようになったのは、あの60年安保反対運動の真只中のことだった。
そして、なによりも、日本国憲法は、世界に先がけて戦争の放棄を明確にかかげ「国際紛争を解決する手段として、戦争を行わない」「戦力はもたない」と確固とした国際公約を内外に明らかにしていることは、誇りとすべきものであることを確信した。
そして、平和条項はじめ戦前の天皇に主権があった憲法から、国民主権つまり一人一人の国民に主権があると改められ、基本的、生存権、議会制民主主義、地方自治などなど、この憲法の理念を毎日毎日、くらしの中に生かし、発展させていくことの大切さを痛感した。
私は、その思いをこめて地方自治の確立をめざし、自治権・財政権の拡充、基礎的自治体の発展、なによりも住民福祉の向上のため36年間、東京で北区議会議員として働かせていただいた。
いま、憲法がもたないとした「戦力」が増え、天皇を元首に、国防軍や集団的自衛権の行使、「自主憲法制定」など、とする動きが強まっている。私は、国民の賢さを心から信頼し歴史の逆行を許さないために努力する。
四津谷薫さん(兵庫県 ベアテの会/99条+九条の会・阪神)
 憲法は戦後の成立から、最悪の危機を迎えていると実感しています。
憲法の専門書など読んだこともない首相が中心になって作った自民党の改「正」草案には、人権条項というものは消え失せて、代わりに君主制の香りさえ醸し出されてい ます。
英語の名前を訳すとその名も「日本王政復古党」という名前になる「日本維新の党」がガッチリ後押しできる内容になっています。
こんな滑稽な改悪劇が現実に起きるなんて考えたこともありませんでした。 9条を変えるだけでなく、そのための地ならしのために周辺の人権条項も書き換えるという、許しがたい恥知らずな為政者たちの出現を許したのは、価値相対主義をとるこの国の憲法の宿命なのかもしれません。
こんなことなら、「闘う民主制」を採用したドイツのように「他人の自由を否定する自由」を認めない仕組みにしておけば…とも思いますが。悔やんでも始まらない話です。
ワイマール憲法下のナチス台頭の悪夢の再現を一世紀も遅れて見せられようとは夢にも思いませんでしたが、せめて、今できることをうったえていきましょう。
自民党がやろうとしている改悪は、今ある憲法の基本理念を壊す暴挙であること。他の近代立憲主義の民主国家がこれまで何度も行っている憲法改正は、ほとんどの場合マイナーチェンジであること。
改めていうまでもなく、憲法尊重擁護義務(99条)のある為政者たちが自らにとって都 合のよい国家にするための改悪に正当性はないということ。
そして、近代立憲主義そのものの破壊を私たち市民も、そして、世界も凝視して許しはしないということを。
西村直樹さん(東京都 金属労働研究所事務室長〔JMIU OB〕)
 原発をめぐる3月10日の国民的行動を、中央大手紙はすべて無視しました。多喜二の時代の白色テロと同様の運動抹殺の仕組みではないですか。「憲法とともに歩む」運動の大きな発展を望みます。多喜二虐殺の年に生まれた西村です。かつて「ドレイ工場」製作でみなさまに大きなお世話をおかけした人間です。
那須正幹さん(山口県 児童文学作家)
『stop 戦争への道』に寄せて
 新憲法公布以来、なんども憲法改悪の危機がありましたが、その都度国民の力でなんとか阻止してきました。
 しかし、今回の安倍政権の動きは、これまでとはまるで違います。景気浮揚の幻想に助けられているとはいえ、国民の支持の下、着々と、改憲への準備を進めています。参議院選挙の結果しだいで、それは一気に加速するに違いありません。まずはマスコミによる改憲ムード醸成により、その内容よりも、改憲か否かという二者択一を
国民にせまってくるでしょう。時代の変化に即応した憲法をという、一見口当たりのよいコピーで迫ってくるはずです。
 こうした情勢に対抗するには、まずは日本国憲法を深く理解し、それがいかに国民や諸外国に対して有効に作用しているかを知ることが肝要だと思います。あるいは、軍隊というものは、国家体制と己の組織のみを守り、国民の生命財産は、けっして守ってはくれないということを肝に銘ずることでしょう。
 今回の『stop 戦争への道』が、その一助になると確信しています。
小野寺利孝さん (東京都 弁護士)
 私たち日本国民は、1946年11月3日公布した日本国憲法において、その前文で不再戦を誓い、第9条で戦争を永久に放棄し、国家による軍隊の保持と交戦権の否認を定めました。
 この歴史的な憲法制定は、主権者となった国民が、アジア・太平洋戦争の歴史の教訓を学び、対外的には厖大な数にのぼる侵略戦争によって不条理な犠牲を強いられた諸国民に対する新生日本国としての国際公約を表明したものであり、国内的には再び戦争の犠牲と忍従を国民に強いることを絶対に許さないと政府・国会・裁判所の担い手である全ての公務員に対し命じたものです。
 今日、政府与党のみならず野党の一部まで巻き込んで作り出されつつある改憲の策動は、先の国際公約を反故にしようとする点で、戦後一貫して戦争をしない国と国民として培ってきたアジア・太平洋諸国と国民との信頼関係を根底から揺るがし傷つけるものです。また、このことは、憲法尊重擁護義務を負う主要な公務員らが、この日本国民の厳粛な命に公然に背くものであり、主権者として決して容認出来ない暴挙でもあります。
 現代に生きる私たちは、先の侵略戦争について改めて学ぶとともに、歴史の教訓を現代に活かす立場から、日本国憲法の平和主義の原則を堅持することによって一方で未来の日本と世界の平穏な国際関係を構築するとともに、他方で将来の国内統治においても平和的生存権を基軸にした人権が豊かに保障される社会を構築する展望を見出しうるに違いないと確信します。
平井滋郎さん(兵庫県 宝塚九条の会会員)
 憲法を変えようという声が、私たち国民の間から湧き上がってきたのではなく、権力を握っている者たちが広めていることに、注意しなければいけません。彼らが何かを変えようとするときは、必ず彼らにとって都合の良いようにしようとしているのです。決して私たちのためを考えてすることはありません。そういう想いを私たちが共有していかないと、次から次へと繰り出す彼らの手法によって、私たちは惨めな境遇へと追い落とされてしまうでしょう。また、国会で憲法を変えるという発議がなされても、国民投票で阻止すれば良いと考えてはいけません。何故なら、彼らはありとあらゆる手を使い、私達の意志表明を妨害し、国民投票を彼らに有利な結果になるように導くでしょう。従って、衆参の選挙において、投票用紙に改憲派または改憲容認派の候補者名、政党名を書かないこと。これ以外に、現行憲法を守り、活かす道はないと思います。
真鍋章信さん(東京都 あかつき印刷労働組合執行委員長)
安倍内閣が掲げる憲法「改正」に反対する。
 私たち あかつき印刷労働組合は安倍内閣の憲法「改正」の動きを黙って見ているわけには行かない。
 2012年12月16日の衆議院選挙で安倍晋三氏率いる自民党は4割の得票で過半数の議席を獲得し、公明党とともに与党に返り咲いた。民主党の失政に助けられて政権に就いたものであり、自民党の政策が認められたものではない。
 自民党は選挙中の公約で、「憲法改正の発議要件を衆参それぞれの過半数に緩和」するとしていた。3月の施政方針演説で、「集団的自衛権」行使の検討とともに、「憲法改正に向けた国民的議論」を呼びかけた。さらに各党の質問に答えて憲法96条(憲法改正の発議)の改正を打ち出し、維新の会がこれに続きみんなの党が歩調を合わせている。民主党も未来志向の憲法を構築すると綱領に明記し、改憲反対の立場にない。
 いま日本では東日本大震災被災地の復興が進んでいない。
福島第一原発事故被災者の救済が進んでいない。
さらに失政によって不景気が長引き、そのしわ寄せを労働者に被せようとする財界・大企業によって低賃金に抑え込まれた非正規労働者が増えている。
働くほど貧しくなる「ワーキングプア」労働者が増えている。
生活保護が大幅削減されようとしている。
こんなに国民のいのちと暮らしが蔑ろに、憲法が蔑ろにされている状態を許して置いてはならない。
 この上 日本国民を戦地に送るために憲法改正の発議の仕組みを施政者にとって変えやすいように作り変えることは、憲法が持つ「施政者の手を縛る役割」を投げ出すものだ。これを許してはならない。

 あかつき印刷労働組合は安倍内閣の憲法「改正」策動を断じて許さず、来る参議院選挙で改憲反対でも勝利をめざすことを表明する。
勅使河原安夫さん(宮城県 弁護士・憲法を守る市民委員会委員長)
 私は宮城で憲法を守る運動しています。今の政府はあぶないです。96条を改正し過半数で改憲できるように狙っています。安倍首相は岸元首相の孫だけのことはあります。
 戦争はだれも得をしません。勇ましいことを言っている人は後ろにいるだけで、戦争で犠牲になるのは一般国民です。戦争を知らない若い人に戦争の悲惨さを伝えなければなりません。
 みなさん、いっしょにがんばりましょう。
H・Oさん(兵庫県 年金生活者)
 これまでも何度となく「憲法改正」の動きがありましたが、幸いにして大事に至らず今日まで来ることが出来ました。
 しかしながら憲法に関するしっかりした教育もないまま歳月が経過し、いよいよ、憲法の意味を知らないか、知っているからこそ変えたい人達が「憲法改正」の手続法なる法律を成立させました。そして、ついに憲法の本質に関わる問題である「96条改定」を多くの国民が憲法と法律の違いについての認識が十分でないことをいいことにしてあたかも法律の改定の手続きと同じであるかのようなイメージを振りまきながら、小選挙区制という民意を適切に反映しない選挙制度を「民主主義に基づく選挙」だとして選ばれた国会議員の数をたのんで強行しようとされるに至っています。 
 この改憲手続きの緩和が、憲法が権力を縛る法であるという立憲主義を壊し、憲法を時の政府(権力)が国民を縛る法としてしまう重大な問題を含んでいることを多くの人々に知っていただきたいと思います。加えて、この「憲法改正」が平和主義を捨て去り戦争への道を開く憲法9条の改定を意図したものであることからも、その重大性を見逃すことは出来ません。
 一人一人の幸せの基盤である憲法を憲法として維持できるように力をあわせましょう。
櫻井光政さん(東京 弁護士)
 私は「押し付け憲法論」くらい情けない議論はないと思っている。1つは事実に反するという点で,もう1つはその内容があまりに自虐的である点で。
 確かにある局面でマッカーサーは日本国政府を恫喝した。しかしその恫喝の内容は,「政府がマッカーサー草案を飲まないのであれば,マッカーサーはマッカーサー草案と政府案とを国民に提示して,国民自身に選ばせる」という内容であった。そしてマッカーサーは,「これは日本の保守勢力にとって最後のチャンスだ」と言ったのである。何のことはない,押し付けられたのは当時の日本の政府であって,日本国民ではないのだ。あたかも日本国民が望まないものを押し付けられたかのような言い方は,故意に事実を歪曲するものと言うべきであろう。興味のある方は国会図書館のホームページで憲法制定過程の米国側の記録をご覧になることをお勧めする。
 私たちの父祖は国のために死ねと言われて戦地に赴いた。私の祖父は乗務した艦船を2度沈められながらも生還したが,亡くなった将兵は200万人を超える。そうして迎えた終戦後,日本の指導者が国の新たな基本法を制定する際に,それが誤っていると考えたならきっぱり「誤っている」と言えなかったのか。「押し付け」の内容として,当時の政府代表が銃や剣を突きつけられたという話も聞かない,ましてや東京を再度空襲するとか原爆を落とすなどと恫喝されたこともない。つい前年,兵に命をかけて戦えと命じたその指導者が,国家の基本法たる憲法をおめおめ「押し付けられた」などと言うことの臆面のなさ。私たちはそんな情けない指導者を頂いていたのか。ならばそれこそ「自虐」そのものではないか。
 私が「押し付け憲法論」を情けないと考えるゆえんである。
新谷昌之さん(神奈川県 神奈川県労働者学習協会副会長)
 国の質を変えさせてはダメです
 いま、自民党などが進めようとしている「改憲」は、日本という国の質を変える動きです。「戦争をしない国」から「戦争のできる国、戦争をする国」に変える。そうなれば、反戦平和の立場にたつ国民、民主主義を守る国民には非国民としての圧力がかかり、弾圧さえ受ける国に変わるのです。
私は、そんな日本になるのはイヤです。
 日本国憲法は無法な侵略戦争を引き起こした日本が「二度と戦争はしません」と国際公約した文書でもあります。「押し付けられた憲法」論者は、あの侵略戦争を正当化しているから、そう感じるのでしょうが、国際的には全く受け入れられないものです。
 支配者側は、日本は「無条件降伏」したと言いますが、「ポツダム宣言」を無条件で受け入れ降伏したのです。「ポツダム宣言」が何を日本に求めていたのか。その実行として現在の日本国憲法が創られたのです。「ポツダム宣言」を国民的規模で読み返すことによって、改憲論者の主張の誤りを示すとともに、戦後68年間も米軍が駐留・居座っていることも「ポツダム宣言違反である」との認識も広げましょう。
 改憲の動きが前に進めば、日本国内だけでなく、世界中から、とくにアジア各国の国民からの強い抗議がおこり、日本は全く孤立するに違いありません。「改憲」は「量変」ではありません。「質変」です。許してはいけません。ひきつづき、改憲を阻止する声を上げ続ける決意です。
児島和男さん(茨城県 トルコ民話研究者)
 憲法九条は北極星。自分の人生の指針であり、社会の羅針盤であると考えています。北極星がなくなれば星座も崩れ去り、国際社会が向かうべき方向性も見失われてしまうのではないでしょうか。尖閣列島をめぐる中国の居丈高な挑発を理由に改憲を主張する人々は、日本をあの程度の品性のない国家に変質させようとしているのです。これでは、日本が国際社会で堂々と発言する機会が失われてしまいます。私はトルコ民話研究者で、たびたびトルコにでかけ、イスラエルと戦うパレスティナの人々にも、セルビアと戦っていたコソボの人々にも、ソ連軍の進駐に歯ぎしりするアゼルバイジャンの人々にも、トルコ政府の武装闘争を挑んでいるクルドの人々にも日本国憲法第九条のことを話しました。ほとんど相手にされないし、反論もされるし、時には馬鹿にされますが、話し合った人々との個人的な友情は失われませんでした。いずれは、私の話したことの内容を思い出してくれる日が来ると信じています。
 トルコの民話にナスレッディン・ホジャという名前の愉快なおじさんが活躍する笑い話があります。チンギス汗にも比せられるあの暴虐なチムールが巨大な軍勢を率いてアナトリアに侵入してホジャのいるアクシェヒルという町の近くにやって来た時、ホジャは頓智や機知でチムールを翻弄して、その町の人々を救ったことになっています。チムールの栄光も帝国もあっという間に滅び去ってしまいましたが、ホジャの逸話は七百年以上経過した今でも、アナトリアだけでなくユーラシア大陸全域で語り継がれていますし、中国国内でさえ阿凡提(アーファンティ)と名を変えて語られています。この事実は、理性や知恵の方が武力よりははるかに強靭であることを示すなによりの証拠です。
 九条は日本人の理性と知恵の結晶であり、なによりも先の大戦で命を失った人々(英霊なんかではありません)の犠牲と不可分のものだと私は考えます。
 
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